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ハービーとネットで共演最終回

その3から続く、、、

どうもすっかり長くなってすみません。ブログの使い方としては素人ですね。今回で完結しますので、お読みいただいている方、もう少々お付き合いください。

前回まででおわかりのように、企画とそれを維持できる通信インフラがと整っていなかったことで、放送当日のスタジオは、私の音楽以外のところも含めかなりどたばたしていたと思います。最初の方にお話した全日空ホテルで休むこともできず、食事もホカ弁のみということで、確か地下のスタジオから一歩も出れなかったですね。
いよいよ私の挨拶もオンエアーされ、ひくにひけない状況となりました。しかし動画も表示できず、先方のスタジオの様子も分かりません。もうこうなったらと開き直って行ったのが、映像見ながらどうのこうのというよりも、とにかく1曲仕上げることを目標として、以前パソコン通信のところでお話したcompuserveのIDを使用したメール方式に変更したのです。幸いにもハービーもIDを持っていたので、もう昔のことなので忘れてしまったのですが、いわゆる添付ファイルのような方法で、MIDIデータを受けとることに成功しました。やっとやっと届いたMIDIデータを再生してまずハービーのサウンドが聞けた時は、本当にほっとしたことを覚えています。なんとこの時点でオンエアーしていますから、綱渡りもいいところですね。その後も送受信するたびにお互いに国際電話をし、中身の確認という舞台裏はとてもアナログな状況で進んでいきました。確かあまりの長丁場にハービーのスタッフが居なくなって、私と彼がMacの画面を見ながらパフォーマーのトラックのどこをどういじったから確認して、見たいなやり取りをした記憶があります。
本来の趣旨ではインターネットでのリアルタイムなやりとりでコラボレーションするというのが理想でしたが、残念ながらその状況までには持っていけませんでした。しかしながら、2時間の本番中5往復ぐらいのやり取りができ、かなり厚いアレンジの曲が、2人のそれぞれの個性を添えて完成していけたのではないかと思っています。しかししかしこんなに苦労して作ったのに、番組最後のところでわずか1分しかオンエアーされなかったことには正直がっかりしました。一緒にがんばってくれたハービーにも申し訳ない気持ちでいっぱいです。TV局というのはとても非情なところだなというのが実感でした。

その後その時のスタッフと打ち上げをする機会があり、近い将来このような企画が何の障害もなく行えるような世の中になるという予感が、全員の意識の中にあることを確認できました。実際現在では簡単に行えるでしょう。20Mのハードディスクがコンピュータ1台より高かったのが、今や1テラのものが手軽に手に入る時代ですから。

おわり

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Comments

実はうちにこの番組のビデオがありまして、
プログを読んで引っ張り出し、見る時間ができたので、多分何年かぶりに回してみました。

番組はアップルの一社提供、95年といえば神戸の震災があったわけですが、
震災後、神戸で生まれた子供をはじめ、彼らが二十歳になる2015年への
メッセージというのが番組のテーマとしてあったわけです。
加えて、当時方々の番組で盛んにやっていた
「インターネットの歴史」「インターネットが開く未来」「社会が変わる」
といった内容をからめながらの番組でした。

さて、向谷・ハービーコラボ企画ですが、
10年経って裏側がわかるというのも意外です。
出だしは「こわばっていた」と言ってたように、
「あ、どうも。もうだいぶ夜遅いですね。」の第一声は、
たしかにちょっと、こわばった表情で緊張気味ですね。

企画の目玉は「世界初、テレビでクイックタイム・カンファレンス使用」。
これを使って東京・ロスで作曲というのが触れ込みでしたが、裏側では結構ドタバタだったんですね。
MIDIデータのやり取りでしのいだとのことでしたが、確かに中盤、衛星で結びながら、
ハービー:「ベースラインはこんな感じ・・、それにエレピを重ねて・・、どうだい?」
向谷さん:「いいね。じゃあ、いまのデータをSMF形式で送ってくれる?」
というやり取りがありますね。

この辺までは切羽つまってる感じでしたが、
そのあとの登場では、久米さんの「今日はどうやってるんですか」という問いに
「MIDIという規格がありまして・・・」
と説明。ここではもう余裕が出ているのか、
「ここまで来ればもうできます」と自信の発言。
さらに「家庭でもできますね、実際。」とも。確かに今ならもっと簡単に行くでしょう。
そして、出来上がった曲のタイトルは「君が二十歳になったとき」。
曲が盛り上がる所で切れてしまい、せっかくの曲、最後まで聞きたかったです。
向谷さん「LAの雰囲気と東京の湿気が混ざったような音楽」といってますが、
夜なのに蒸し暑かったのを今ごろ思い出しました。

番組では向谷・ハービーのコラボ企画のほか
日比野克彦氏が番組時間内で作品を仕上げて、
翌日の朝刊広告に間に合わせるという企画も同時進行してました。
当時東京で朝日をとっていたので翌朝見た覚えがあります。
日比野氏がスタジオ内で弁当箱のようなQuickTakeを持って走りまわってましたが
今じゃ1万円でお釣りの来るソフトとデジカメがあればできるくらいで、
当時のQuickTakeの値段で数百万画素のデジタル一眼が買えるくらいですから。
番組は95年の夏だったので実際10年は経ってませんが、
今と当時を比べてみても技術の進み方の速さは尋常じゃないですね。

ちなみに番組の最後でパワーブックが当たるプレゼントがあり
当時パソコンは高嶺の花だったので、100枚近く書けるだけ書いて出しました。
無論、当たりませんでしたが・・・

PS

プログって初めてなんですが、こんな長い文章でもいいんでしょうか。

それはそうと、先日のペニーレーン24行きました。
ツアー最後だったからなのか、MCで向谷さん
妙にテンション高かったのが気になりました。
TS・KTK期待してます。


Posted by: TomoTomo | February 01, 2005 03:43

成程~。それはそれは大変でしたね。
あの時はインタラクティブ(当時こんな言葉はあったのかな)な、音楽やアート自体のコラボレーションの可能性を垣間見られた!と素直に感動していました。
そんな裏事情があったとは知らず・・・
でもそんな事を微塵も感じさせなかった向谷さんはプロフェッショナルだな・・と思います。

Posted by: loophole | January 18, 2005 09:10

きっと、向谷さんの先輩であり、いろいろと気配りをして下さった久米宏さんも、向谷さんには申し訳ない気持ちだったのでは・・・?と、勝手に想像させてもらいました。私は視聴者の立場のみしか経験がありませんが、作り手(この場合、制作スタッフ、スポンサーの両方)の都合のいいように編集された「番組」と言うものの全てを「参考」にはしても、鵜呑みにしてはいけないなあ・・と思います。向谷さんのご出演なさったケースと少し違うことを言ったかも?ご容赦のほどを・・・

Posted by: ふくちゃん@京都 | January 18, 2005 07:25

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